ETYMOTIC RESEARCH ER4SR レビュー/感想

An Etymotic Encounter

  ER4SRと邂逅したのは忘れもしない2年前の夏だ。私は大学受験の模擬試験を受けるために渋谷にいた。模擬試験終了後の夜中、デジタルサイネージに照らされた人々とスクランブル交差点を渡る。湿った空気を纏いながら歩くと自然と視線が下がった。雨に濡れその黒みを増したアスファルトが私を横断歩道の白線の上を歩くよう見つめていた。模擬試験の手応えが芳しくなかったのだ。模擬試験終了後の解放感が一層増した受験への不安に押し潰されようとしていた私は、人混みから弾き出されるようにSHIBUYA TSUTAYAビルへと滑り込む。成績を上げなければという強迫観念からか、高いところから人混みを見下ろしたい気分だった。

 そうしてエスカレーターに乗り3階、今は無きe-イヤホンSHIBUYA TSUTAYA店へと辿り着いたのである。当時、私はイヤホンにさして興味を抱いていなかった。一万円前後のイヤホンで十分いい音だと思っていたし、音楽プレーヤーを持ち歩く理由は、英語のリスニング学習と息抜きのための音楽鑑賞をスマートフォンを用いずに行うためだった。細長い売り場に所狭しと並ぶイヤホンは、目的無く彷徨う私の興味を掻き立て、虚無感からの不思議な衝動は私をキワモノイヤホンへと向かわせた。見た目がかっこいいイヤホン、耳に密着するよう独特な形をしたインイヤーモニター、とにかく見た目が特別だと思ったイヤホンを片端から聴く。JHAudio Billie Jeanのカーボンフェイスプレートに手を伸ばしたとき、隣のイヤホンを見て手が止まる。

 そのイヤホンこそER4SRであった。イヤホン本体より大きな3つの「笠」が縦に連なる異様な形に慄く。 ふぇえ~///こんな大きいの入らないよ///1――気分はさなかエロゲヒロイン2 である。少女心に還った(?)私は念入りにゴム(イヤーピース)をウェットティッシュで拭きとる。イヤーピースのヒダの裏側(カリ)まで拭きあげたのち、そっと深呼吸をする。初めて高額イヤホンを物色した興奮は耳穴の純潔さえも奪おうとしていた。ER4SRの先端を耳孔にあてがい、そっと挿入する。 痛いっ痛いよ!もう無理ぃ!1 ――耳かきでしか触れたことの無い耳道を擦られる感触は、痛みと耳の中に侵入する不快感しか生み出さなかった。 オラ!まだ半分しか入れてないぞ!1 ――好奇心は少女心の抵抗空しく根元まで押し入れる。痛みが薄れて耳穴の圧迫感が増すうち、少女心は財布の紐を緩め購入する運命を受け入れた。これが私の”初めて”の物語3である。


  1. 一人で黙って試聴しています
  2. どちらかというと成人向け同人誌に使われることが多い台詞かと思われますが、エロゲヒロインの語感の良さから作中ではエロゲヒロインを採用しています
  3. この物語はフィクションです

見た目、装着感について

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100円玉との大きさ比較写真

  エティモティックリサーチのイヤホンはすべて見た目がほぼ同じ筒型です。ER-4シリーズの中で前世代モデルであるER4Sは外装がプラスチックだったのに対して、ER4SRは藍色にアルマイト加工されたアルミニウムになりました。装着すると耳の中に全て入ってしまうので見た目はどうでもいいですね。ここまで潔いシンプルさだとイヤホンの価格が全て音にかかっているようで逆に好感が持てます。

 装着感はトリプルフランジイヤーピースに慣れればとても快適です。遮音性が非常に高いうえにイヤホンがとても軽いので、耳穴が圧迫される感覚以外イヤホンを着けているという感覚がありません。

イヤーピースについて

 ER4SRの最大の特徴にして欠点です。まずER4SRの音を聴くためには純正のトリプルフランジイヤーピースしか選択肢がありません。しかもサイズ展開は大か小の2通りです。自分の耳に合うイヤーピースを探すのが一般的かと思いますが、ER4SRの場合はイヤーピースに自分の耳を合わせることになります。というのも本当に他のイヤーピースではER4SRの音が再現できないからです。(付属するウレタンスポンジのイヤーピースも微妙です) 耳穴拡張に興味がある方、イヤーピースを奥に押し込むことで快感を感じる方にしかおすすめできません。購入検討者は下の講座を受けてトリプルフランジに選ばれし耳かどうか確かめてみてください。選ばれなかった方でもこの講座を二週間ほど続ければEty耳(開発済みの耳のこと)になれます。

ETYMOフォン初心者のための耳穴拡張講座

必要なもの(下記二点のいずれか)

 

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左から純正(大),純正(小),SHURE,CP240(L),CP240(M)

cp240のサイズはお好みで

すでに上記二点のイヤーピースのいずれかを使っている方

 Ety耳の可能性があります。すぐにER4SRを購入しましょう。購入のタイミングが遅れるとEtymotic Researchの音を聴く時間が短くなる可能性があります。

耳穴拡張講座本編

 自分の使用しているイヤホンに上記のイヤーピースを着けてみましょう。SHUREやWestoneといった細軸タイプならSHUREのトリプルフランジ、SONYSennheiserといった太軸タイプならCP240が良いと思います。CP240なら細軸に着けるためのアダプターも付属するはずなのでこちらの方が汎用性が高いですが、より”ホンモノ”に近いのはSHUREのトリプルフランジです。

 イヤホンを装着する前に軽く耳掃除をしておきましょう。初めての方は無理せずゆっくりと挿入してください。イヤホンを持たない手で耳の上部を上に引っ張るか、耳たぶを下に引っ張ってイヤーピースがなるべく耳穴に対してまっすぐ入るようにするとうまくいきます。

 イヤーピースの一番大きい部分が全て耳穴に入ったことを確認してください。ある程度押してもこれ以上は入らないというところまで入ればきちんと装着できているはずです。かなり音を遮るので周りの音が聴こえなくなっていることでも確認できます。

 イヤーピースを取り外すときは耳を傷めないようにゆっくりと引き抜きましょう。挿入したときのように耳を引っ張りながら引き抜くと取り外しやすいです。

低音について

 BA型のドライバーらしく沈み込みの浅い低音に感じますが、音は低い低音まできっちりと鳴っており見通しが良いです。低音はその音を構成する骨組みとなる部分だけを再生している感じがします。音の発生する時間と収束する時間が制御されており、音を出したらまた引っ込めるところまでを音を鳴らす一連の動作として丁寧に作りこまれていると思います。

中音について

 非常にクリアでこれ以上足すことも引くことも許されない絶妙なバランスにあると思います。音自体はドライで無機質に思えますが聴いていて耳につくというか引っかかるところがない完璧な音です。少しボーカルが前に出ているような感じがしますが自分の思うままに聴きたいところが聴けるので文句なしです。

 高音について

 スペックシート上は16000Hzまでしか再生できない事になっています。ただ高音で天井を感じることはなくシンバルの音もきれいに粒だっています。楽器の基音なんてせいぜい10000Hz程度までしかないのであまり周波数帯域に気を遣う必要はありません。(ピアノの最高音階C8がおよそ4186Hzらしい)ER4SRの高音は横に広がらず縦にシャキッと立ち上がるのでとても気持ちが良いです。縦に細い反面高音の中身というか艶っぽさはなく刺激的ですね。

音場について

 音場がとても特徴的なのでここにまとめておきます。

 まず音場はとても狭いです。一般的なイヤホンに多い頭内定位(頭の中に楽器が配置される感覚)なのはもちろん、頭の中心に核がありそれが頭の表面に向かって音の配置を映し出すような感覚です。定位ははっきりしていると言えますが、曲のデジタルデータを直接頭の中にインストールするようなこの感覚に慣れないと全ての音がひとかたまりになっているようにも思えます。

曲ごとの感想について

 空気感や響きの表現が乏しいので生楽器は悪くないですがあまり面白くありません。ミキシングやマスタリングされた現代音楽を聴いたほうがよさそうです。視聴環境は前回の記事のとおりです。

Murray Perahia:Rhapsodie Espagnole, S.254 (Franz Liszt)

 やはりER4SRでピアノソロは面白くないですね。冷静に音の鳴らし方鳴り方を聴きこみピアニストの技巧を眺めるだけなら問題ないです。音はしっかり鳴っていますがピアノを打つ感覚や呼吸のようなものはありません。空間的な音を作り出すためのダイナミクスも狭く感じるので、クラシックを空気感の調和と合わせて感情的に聴きたい人は別のイヤホンを探しましょう。ピアノの高音がチャリチャリと軽い音にならないのはすごく良いのですが。

Led Zeppelin:Stairway To Heaven

 ギターがとても近く弦に左耳を寄せて聴き取っているようです。センターにいるボーカルはギターより少し遠くに位置するのですが曇りひとつなくギターの音をくぐり抜けてきます。ドラムが入ると一気に音が立ち上がり、曲の展開に合わせてこちらの聴き方を改めさせられます。ER4SRは音楽と聴き手とを限りなく近づける音を出すと思います。この曲の長さは8分2秒なのですがER4SRで聴くと2分ほどの曲に感じます。それだけ曲に没入させられます。とんでもない時間泥棒です。

Lady Gaga:Stupid Love

 バスドラムで打ち込まれた音が次のスネアで引っ込むのがよく分かります。音が発生するタイミングが正確なのはもちろん音が収束するタイミングまで正確であれば単調なリズムでも嫌になることはありません。特徴的なシンセベースもサビでだんだん音が歪んでいくところまで丸見えで楽しいです。ラジオからこの曲が流れてきた時はシンセベースの合間に小ネタ的に音が挿入されていることに気づきませんでしたが、このイヤホンでははっきりと聴き取れます。曲がガガ様のように丸裸になります。

Daft Punk:Da Funk

 シンバルの音がカチカチと鳴るのですがこの音にもしっかりとした重みがあり太い低音に楔のように打ち込まれるところが素晴らしいです。序盤の市街地の喧騒音も臨場感があります。この曲に関していえば低音に不足はまったく感じられません。ダイナミックドライバーのような躍動感と音の太さで低音を鳴らしています。 強いバスドラムに呑み込まれやすい音も丁寧に切り出されており、これほど濃密さと解像感が両立している音が1BAで鳴らせることが信じられません。

Knife Party:Give It Up

  各パートの分離がとても良いです。放射状に配置される音のベクトルが音ごとの定位を指し示す感覚は例えるなら(EDMだけど)指揮者になったようです。こちらも音が太く濃い曲なのですが細い音になったり上下の帯域に不足があったりすることなくよく鳴ります。ER4SRが出すスネアのシャキッと感はなかなか他のイヤホンでは味わえません。

Perfume:TOKYO GIRL

 ボーカルの声がとても近く目の前で歌ってくれているような感覚があります。周りの音にかき消されることなく聴きたい音へとフォーカスできるので楽しく曲を聴けます。この曲のイントロにあるドラムのリバーブがよくできていてER4SRの音場はとても狭いはずなのに広く感じます。曲がつくる世界観がイントロで膨らませられるようです。最初と最後でドラムの音が少し違うようですね。最初のほうはドラムにかなり金属的な響きが付加されているのですが最後は丸め込まれているように聴こえます。余計な深読みは嫌われそうですがER4SRを使うと一音一音に注目 したくなります。

Official髭男dism:Pretender

 Bメロで左からギター右からピアノが聴こえるのですが左右の音が頭の中心で衝突せずに上下に交錯するように交わるところが好きですね。ER4SRはシンセサイザーの音を適度に細く鳴らすことでピアノとは違うシンセサイザーの音の良さというのを引き出しています。人の声が近くに定位するのはER4SRの特徴ですがこの曲の場合コーラスが少し前に出すぎかなとも思えます。コーラスがほぼメインボーカルの位置まで前進してきます。面白いのは人の声が前に出てくるだけで中音全体は前に出てこないので決してカマボコ型の音にならないところです。

GARNiDELiA:極楽浄土

 人の声が前に出てくると書きましたがその面白さを実感できる曲です。この曲では普通のボーカルとイコライジングしたボーカルの二つが呼応するように使われるのですが、イコライジングしたボーカルは楽器として引っ込みます。普通のボーカルが聴き手側に立って呼びかけたことにイコライジングしたボーカルが答えてくれるような感じがします。表面を覆いつくしている細かい音に注目しすぎると曲に置いていかれる感覚がありますが、全体を俯瞰すると曲の進行の先頭に立っているようにも思えます。

消耗品について

 ER4SRは買ったあとにもお金がかかります。新鮮なER4SRの音が聴きたいなら2~3ヶ月に一回のイヤーピース、フィルターの交換が必要です。イヤーピースは5ペアで2000円フィルターは3ペアで1700円ほどです。一年でおよそ4000円から5000円ほど追加でかかります。別に交換しなくても大して音が変わらないだろと思っていても、一度交換してしまうと交換せずにはいられなくなります。

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家に残っている空き袋だけで6袋あります

 あと外出時に使うなら必須となるシャツクリップ(700円ほど)は一年に一回ほどのペースで粉砕そしてどこかで落として紛失します。(丁寧に扱っているのに!) 

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今使っているシャツクリップは3代目です

 シャツクリップを 二つ壊して気づいたのですが、クリップはイヤホンのケーブルへの取り付け方に少し注意したほうが良さそうです。

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クリップをケーブルに通して写真左方向へスライドして固定します

 写真のとおりクリップは取り付け部がU字型になっており、これをケーブルの分岐部の 金属パーツにはめ込みます。このときにクリップの取り付け部の上からパチンとはめるように付けるとプラスチックに疲労が溜まり割れやすくなります。(これでも問題なく取り付けられるので最初は普通に使えます)パチンとクリップをはめてしまった人は予備のクリップを買っておきましょう。

 また、イヤーピースとフィルターの型番ごとになにが違うのか分かりにくいので簡単にまとめておきます。型番を書いたイヤーピースは全てトリプルフランジです。ウレタンスポンジのものは写真で判別がつくと思います。

ER38-18CL-4SX:ER4SR/XR用純正イヤーピース(大)

ER38-18CL:mcシリーズ(ER-4シリーズでない)用純正イヤーピース(大)上記との違いはほとんどない

ER38-18:ER4SR/XRより前のモデルに付属した灰色の純正イヤーピース(大)

ER38-15SM:ER4SR/XRを含むほぼ全てのモデルに付属している純正イヤーピース(小)

ER38-50:ER-4シリーズ用純正フィルター3ペア

ER38-46:ER-4シリーズ用純正フィルター2ペア+交換用工具

ER38-55-4SX:ER4SR/XR用純正シャツクリップ

ER-38-55:hfシリーズ(ER-4シリーズでない)用純正シャツクリップ

ER-38-55P:ER4S-B,ER4P,ER4B用純正シャツクリップ

最後に

ER4SRは誰かにお勧めできるようなイヤホンではありません。消耗品が多い点、装着感に慣れなければいけない点、そして自分から音楽を聴きにいかなければならない点からです。ER4SRはきれいな音を聞かせてくれるイヤホンではなく、エンジニアが音楽そのものの形を詳しく見るためのスタジオリファレンスであることを再認識しました。もちろん逸般人がこれを使うことに文句はありません。私も見た目のインパクトでER4SRを手にするというきっかけから音の創りに対する視点が変わったように思います。酔狂な方に手に取っていただきたい逸品です。

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追記

KANNCUBEを買ってから少し聴こえ方が変わりました。詳しくはER4XRを買ってからER4S,ER4SR,ER4XRの比較といった感じで残しておこうと考えています。